トルコの歴史を簡単に知りたい?始まりはギリシャ文明からだった!?

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引用:ウェキペディア

近年、ドラマなどで注目を浴びつつあるトルコ共和国。オスマン帝国だった国が時代の流れを経て今はトルコ共和国となっています。

 

古代文明や古代の歴史って興味があっても頭の中がぐちゃぐちゃになってしまったりしませんか?もっと簡単に理解出来たらって思う事はしばしば。

 

そこでトルコの歴史、トルコ共和国はどのように始まったのか?私と同じようにトルコの歴史に興味を持った方がいてくれたら嬉しいな~と思いつつ。。。。。この記事を書くことにしました。

 

調べてみるとトルコ共和国は、現在でも掘ると簡単に遺跡が発見されてしまうので、そのたびに工事がストップしてしまったり、考古学の歴史が覆えってしまったりと、なかなか興味深い国なんですよ。

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トルコの歴史を簡単に知りたい?始まりはギリシャ文明からだった!?【古代:イオニア】

エーゲ海に面したアナトリア半島(現在のトルコ共和国)の南西部に存在した「イオニア(古代ギリシャ語)」

 

現在のトルコ共和国のある場所は、古代では「イオニア(古代ギリシャ語)」と呼ばれていました。

 

「イオニア(古代ギリシャ語)」をトルコ語では「İyonya(イヨニャ)」と言いい、イズミルとビュユックメンデレス川の間の地域に歴史上与えられた名前です。

 

アナトリア半島にはイオニア人(古代ギリシア人を構成する1集団)が支配した様々な都市国家があり、それらで構成されたイオニア同盟の、北の地域。

 

イオニアの最も有名な都市は、エフェソス、ミレトス、イズミル(古代名:スミルナ)など。

 

イオニア人は自由な思考と前向きな科学の先駆者で、哲学、数学、医学はイオニアで設立され、イオニアは宮殿と寺院の建築で発展しました。

 

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トルコの歴史を簡単に知りたい?始まりはギリシャ文明からだった!?【イオニア人とは?】

イオニアは都市国家で、 各都市は独立し、王によって支配されていましたが、王の弱体化に合わせて、貴族が権力を掌握することになり、 ギリシャ文明の影響下にあったイオニア人に民主政府が設立されました。

 

イオニア人はアナトリア文明のあらゆる面で最も先進的で、フェニキアのアルファベット(※1)を使用し、このアルファベットをギリシャに渡し、アナトリア文明が東洋文明と西洋文明の間の文化的交流を提供する橋となりました。

 

※1、古代地中海世界において現在のレバノン一帯を中心に活動していたフェニキア人によって使用されていた文字。

トルコの歴史を簡単に知りたい?始まりはギリシャ文明からだった!?【エフェソス】

エフェソスは古代の港湾都市で、エーゲ海の入り江に発展し、現在の地形では分からなくなっていますが、昔は海がすぐ近くまで来ていたそうです。

 

イオニア人の最も重要な作品、世界の七不思議の一つであるアルテミス神殿は、ギリシア神話の狩猟の女神アルテミスをまつったもので、アテネのパルテノン神殿よりもひとまわり大きい神殿だったそうですが、残念ながら、今は柱が一本残るのみとなっています。。。。

 

エフェソスのケルスス図書館は、アレキサンドリア、ベルガモと並んで世界三大図書館とされているのですよ。

 

ケルスス図書館から大劇場までの大理石通りは、クレオパトラ7世が歩いた道だとか。

 

そして近くに有るコレッソス(ビュルビュル)山。ここの山腹・ゴルゴダの丘でイエス・キリストが処刑された数年後、聖母マリアが移住してきて残りの生涯を過ごしたとされています。

トルコの歴史を簡単に知りたい?始まりはギリシャ文明からだった!?【ミレトス】

自然哲学者のタレス(商人で数学者、技師でもあった)、歴史家のアネクシメネスアナクシマンダー地理学の父と呼ばれたへカタエウスカドモス等はミレトスに住んでいた学者達です。

 

ミレトスを大きくしたのは金融力。

 

金融力はミレトスが貨幣を使い始めたことにより、さらのその中心都市としての機能を高め、

 

経済物々交換の時代から貨幣経済の時代になり、人類史の上で最も大きな変革をもたらしたのです。

 

当時のミレトスは通貨の力、さらには海軍力のちからで強大な海上帝国を築きました。

 

紀元前5世紀、都市を再び手中にしたペルシア人を紀元前334年にアレキサンダー大王が攻撃し力づくで奪いましたが、ミレトス市民は大王の支配下に入るのを歓迎しなかったと言います。

 

大王の死後は王の部将アックロスのベルガモン王国の支配下に入り、紀元前200年にはローマ帝国の領土に包括され、ミレストには多くの記念碑が建てられ、聖パウロもここに布教に訪れた後、エルサレムへ向けて出港したそうです。

 

後にここには大司教が置かれ、12世紀になりセルジューク・トルコが定着して、都市をベニス交易の中枢として編成し、港はオスマン帝国の初期に於いてはまだ機能していたのですが、やがて土砂に埋まると住民にも見捨てられてしまったそう。

 

最初の発掘調査は1895~1914年の間にテオドール・ウィーガンドの指導によってベルリン博物館が行い。1955年からも調査が続行され、ほとんど遺跡はドイツに運ばれました。

トルコの歴史を簡単に知りたい?始まりはギリシャ文明からだった!?【イズミル】

トルコのエーゲ海沿岸に位置する都市。古くはスミュルナと呼ばれ、ギリシャによって建設された後にローマに占領され。

 

その後、アレクサンドロス大王によって再建されたのち、15 世紀にオスマン帝国の占領下に置かれました。

 

現在の「イズミール」は、イスタンブール、アンカラに続くトルコ第3の都市。リゾート地としても大変人気のある所なんですよ。

 

17世紀から始まったバザール「ケメルアルトゥ」はコナック広場からアゴラまで広がっており、港町ならではの新鮮な魚が手に入ります。

 

また、遺跡も多く「アゴラ遺跡」は、バザール「ケメルアルトゥ」から徒歩すぐの場所に位置する遺跡で、もともとアレキサンダー大王の統治時代に建てられた3階建ての市場だった物が、地震によって倒壊してしまい、紀元178年、ローマ帝国の五賢帝の一人とされるマルク・アウレリウス・アントニヌスによって再建されました。

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まとめ

いかがでしたか?トルコ共和国が有る場所は、元々はギリシャ文明から始まったのですね。

トルコ国内には多くのギリシャ的な遺跡が有るのも納得です。この記事がトルコを観光する際の参考になれば嬉しいです。

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